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■ポジティブなユートピアを描く―ミヒャエル・エンデ
先日、青森市でこの時期に、いまだかつてない大雨が降った。大きな被害がでた。専門家の話では、これもまた「地球温暖化」が原因であるという。
★『はてしない物語』の著者であるミヒャエル・エンデの全集の中に
『オリーブの森で語り合う』という1冊がある。
そこでエンデは、ある経営者会議に招待されたときの体験を回想し次のように語っている。
以下は、彼の発言を独自に要約したものである(1982年)。
☆その会議では、ヨーロッパ中から200人の経営者が集まり、経済成長に関するありとあらゆる問題が議論された。
破局をさけるためには、
年に何%かの成長が必要だとの意見がでた。
これとは反対にローマ・クラブからの意見がでた。
またその意見に拒絶するかのように労働組合代表が発言した。
――こうしてすべてが堂々巡りをした。
夕食後、この会議にも楽しいひととき(ぼくの出番)が予定されていた。
演壇にあがり、最初に経営者たちの前で童話「モモ」の一章を朗読した。
床屋のフージー氏の箇所だ。朗読が終わると、ホール全体が途方に暮れていた。
長編童話の一部分を朗読したのは、それがなにかの刺激になればよいと考えたからです。
そして私は、さらに続けた。
「私はみなさんに提案があります。
みなさんは一日中、未来の問題を議論なさったわけですが、ひとつどうでしょう、みんなでいっしょに大きな空飛ぶ絨毯に乗って、百年後の未来にまで飛んでいくのです。
そして今から、一人一人が、その場合世界がどんなふうになっていてほしいと願うのか、発言するのです。きょう一日中やった会議のように、事実の強制という枠の中でばかり議論している限り、そもそもどういうことを願っているのかという問題は考えることができないのではないでしょうか。
世界の未来は私たち全員にかかっています。もしも私たち全員がいっしょになって、なにか一つの事を望むなら、それを実現するための方法や手段もみつかります。私たちとしては、なにを願っているのかを知るだけでもいい」。
5分間、沈黙がつづいた。それも息苦しい沈黙がね。
とうとうひとりが立ち上がって、こう言った。
「そういうおしゃべりにどういう意味があるのですか。我々は少なくとも年3%以上の成長がなければ、
競争に生き残れなくなり、経済的に破滅するということです」。
ぼくは言ったんだ。
「そういうことはきょう一日中議論してきた事です。あしたも、あさっても議論を続けることもできるでしょう。しかしいまは、ちょっとそのことは忘れて、この未来ゲームをやってみませんか」とね。
だが、だめだったね。
それどころか、雰囲気はとても険悪になり、30分後には、主宰者側がこの試みの中止を宣言せざるをえなくなった。
今日、ある特定の堂々巡り的思考にすっかりとらわれているのは、あの経営者たちだけではないと思うんだ。
それとそっくり同じような意識が、すでに多くの若者にみられるのだ。
多くの人はこういう。
「そう、そうなんです。私はこれこれの職業につくことができて、なんとか生きのびていくことでしょう。
しかし世界全体は、なんのためにあるのでしょうか。どうなるんでしょうか」。
これは全面的な失望の表現、絶望の表現だ。
★ファンタジーは、目的観であり戦略かもしれない。
※参考文献:
エンデ全集15『オリーブの森で語り合う』ファンタジー・文化・政治
ミヒャエル・エンデ/エアハルト・エプラー/ハンネ・テヒル
丘沢静也訳、岩波書店、1997年。